新しい排便方法との出会いは、
新しい日常との出会い

荒武さんは、当時出演していたサーカスの公演中の事故で脊髄を損傷しました。
退院後、自身で排便管理を始めるがなかなかうまくいかず、トイレに長時間座っていなければならないことに身体的にも精神的にもストレスを感じていたところ、医師の提案で経肛門的洗腸療法と出会いました。

対談動画:荒武選手×東京都リハビリテーション病院 鈴木康之先生(23:17)

荒武選手と主治医である東京都リハビリテーション病院 鈴木康之先生との対談です。
排便の問題による日常生活や競技への影響、洗腸方法や工夫などをお話ししています。

公演中の事故により、鎖骨から下の麻痺が出現

事故直後はすぐに治るものだろうと思っていて、救急病院で緊急手術をしましたが、とにかく寝ていることが嫌で早く働きたいなという思いでいっぱいでした。
僕は頚髄損傷で、C(頸椎)の7の損傷と言われまして、肛門の感覚がなく完全麻痺です。大体、鎖骨から下の感覚が全くなくて、足も全く動かないという状況です。握力に左右差がありまして、右手は握力が10程度でそこそこに動くんですけど、左手は握力が2-3程度でそんなに動きません。
生活は全て車椅子です。家と外で車椅子は同じものを使っていて、5cm程度の段差であれば、キャスターを上げて自分で上がることができます。ちょっと遠方への移動は自家用車を使うことが多いです。ごくまれに電車で移動することもあります。

摘便や坐薬の使用により試行錯誤で排便管理を習得

リハビリの初期段階はずっと寝た状態で、看護師さんに摘便をしてもらっていました。 その後は坐薬や浣腸を使っていました。リハビリが進んできて、最終段階でトイレの排便リハビリがあったので、主に車椅子から便座に移り、そこからズボンを下ろすリハビリを行いました。

僕は排便の時に血圧が下がってしまうので、入院中は、足を延ばして、長坐位で排便をしていました。その時はまだ自分の手があまり動かなかったので、坐薬を坐薬挿入器を使って入れる練習をしました。坐薬は反応するけれども、それだけでは便が出ないので、刺激棒(5cmほどの人差し指ぐらいの棒)というものを使って、肛門を刺激して出していました。

その後、その状態で退院をして、色々な人の話を聞き、「自分でも坐薬が挿入できそうだな、摘便ができそうだな」と分かってきて、だんだん自分の手だけで完結する状況になりました。

長時間のトイレで痔ができ、出血による貧血のため競技中に息切れ

リハビリが終わった後、週5日フルタイムで働く仕事をしていました。平日は排便しないといけなくて、排便時間が長くなってしまうとそのままトイレで寝てしまうことがありました。長く便座にいることはおしりに良くないため、痔ができてしまいました。

痔が日常生活や競技へ大きく影響しました。痔を傷つけてしまうと出血してしまって、便座の中も血で真っ赤になってしまっていました。血が足りなくなってしまって、トイレから移乗したら貧血になるほどで、長時間動いたりすると息切れをしてしまい、その影響が大きかったのではないかなと思います。なので、痔と長い時間トイレに座っているということがストレスでした。

痔の改善のために、経肛門的洗腸療法を勧められた

排便の仕方がまずいと思って洗腸療法を探したわけではなく、実は痔の治療のために肛門科に行ったことがきっかけでした。痔の治療のために薬を塗ったり、注射をしていましたが、そのとき先生に「痔を少しでも悪化させないために、経肛門的洗腸療法というものがある」と教えてもらいました。洗腸を実施できる東京都リハビリテーション病院を紹介してもらい、デモ器で操作を体験してから実際の使用に至りました。

トイレ環境やカテーテル挿入時の姿勢を工夫して洗腸手技を確立

今マンションに住んでいて、トイレの扉を開けて正面に便座の座面があります。移乗ができないので、便座の横に移乗台を設置していて、手をそこに置いて移乗できるようにしています。

洗腸の仕方については、洗腸のリズムがつかめてない頃は、どれぐらいの水の量を入れていいのか、何回やればいいのかということがわからなくて、予備の温水なども準備していたんですけど、今ではどれだけかかっても2回ぐらいの洗腸で済むので、標準の洗腸セットがあれば大丈夫です。

初めの頃は洗腸のカテーテルがなかなかおしりの穴に入らなくて、自分の姿勢を変えたり、手の位置を変えました。そこまで力強く押さなくても、穴の場所はうまく見つかるので、姿勢と入れ方を覚えることが工夫したところですかね。

洗腸を開始してから摘便がなくなり、貧血も改善

洗腸を開始して、圧倒的に排便が短時間で済むようになったことが一番大きい変化です。以前は、坐薬を挿入すると反応するまで10分から15分くらい待たないといけなくて、その時間も排便時間が長くなる要因だったんですけど、洗腸にすると水を腸に入れて結構早めに一緒に便も出るので、摘便をしなくても便が出てくれるようになりました。摘便をしなくなったことで、自然に出血のリスクも減り、貧血も少しずつ改善してきたなと感じます。

貧血の頻度が減ったことで、生活のリズムが整うというか、ちょっと動いてもちょっとしたことでは息切れが起こらなくなってきました。スポーツをするにあたり動けるようになったので、それはかなり大きかったかなと思います。

自由に過ごせる時間が増え、競技にも集中できている

排便以外のことに時間を使う機会が増えました。坐薬だけで排便していた頃は、1時間半から2時間くらい、映画1本観れてしまうくらいトイレに時間を使っていました。時間が短くなったので、それ以外の時間、例えばゆっくりお風呂に入るとか、疲れを取るとかに時間が使えるようになりました。競技中の変化に関しては貧血にならないので、長時間動けるようになりました。
今は血が出ることが少なくなったので、体力づくりとして車いすラグビー競技の方で2キロ走というものを始めました。コートを12分ぐらいひたすら走り続ける感じなんですけど、前までは貧血で体力が続かなかったのでできなかったのが、今は長時間走って体力作りも問題なく行えるという状況です。

チャレンジしたことで、自分に合う排便方法に出会えた

排便の仕方を入院当時からと比べると、すごく変わってきているなと思ってます。最初は坐薬挿入器や刺激棒を使っていたのが、今では洗腸と浣腸を使い分けていて、どんどん変わってきているんですよね。使ったことがないものを使い始めるってことは抵抗があって、なかなか始められなかったです。でも、それを乗り越えていくと新しい道が見えて、やり方が分かってきて。もちろん、合わなかったらやめればいいですし、それが合えばより良い排便方法に出会えると思うので、新しい治療にチャレンジしていただければいいんじゃないかなと思っております。

インタビュアー :東京都リハビリテーション病院 副院長 鈴木康之 先生

プロフィール

荒武 優仁

31歳/車いすラグビー選手、
株式会社コロプラ 広報/脊髄損傷

当時所属していたサーカスの公演中の事故により脊椎を損傷。全国を飛び回っていた生活が一転、車いす生活に。
おしりの悩みで通院中に医師から経肛門的洗腸療法を提案され、日々の排便管理を行っている。
入院時のリハビリ中に車いすラグビーと出会い、現在は株式会社コロプラ所属の車いすラグビー選手として活躍しているかたわら、同社の広報担当として業務に邁進している。